米寿爺のサトリ日記&『自動書記』&マレーシア体験記

『あなたの与えたものが与えられます。』『心施・智施・物施の順が逆になるとお金の便利さが悪に広がります。』『悟りとは差を取る=比較しないこと』?

『なぜ欲望を持つのか』永遠の法理(自動書記)&』・蒔いた種しか生えてこない

日本列島桜協奏曲吹き荒れ!!
全部のTV局が靖国の桜が蕾から1輪2輪と開くのを放映~天気予報も??
開花はとうとう例年より2週間おくれ!!
今日の外はしとしと雨~やがて北風が吹いて大荒れの天気かも??


若い頃は雨風でも平気で電車通勤していたが今は庭の草木の新芽が愛おしい~当方脚のマメやら流行りのひざ痛でそろり新左衛門!!


紅麹は年配者にヒントをくれました。それにしてもPCをいじると開いた口がパクパクのコマーシャルばかり???~写真は赤城千本桜


【なぜ欲望を持つのか】 永遠の法理(自動書記)


(前より)すでに社会情勢は地球規模による環境の見直しが提言されて、地球環境改善の方向に進んできております。


社会悪と言われる権力者のワイロなども次次と明るみに出されました。これからは、知らぬ間に国民を大きく蝕んだ宗教組織の巨大なる欲望の真相も暴かれ、間違った野望の修正を為されなければいけない時となってきたのです。


俗に言う世紀末現象の名残が露呈させてくるのです。今こそ世界人類が、社会悪を根底より追放して世の立て直しを図らなければいけないのです。
時代は、過去の因習にとらわれることなく、核心の理想に向かって大きく転換をしなければいけないのです。



日本の政治においても、政治家は知らず知らずのうちに巨大欲望者の支配の中で自分の利益しか見ることしか出来ず、支配者の金と権力に惑わされ自分本来の目的を見失ってきたのが自民党独占政治の誤りだったのです。(小沢氏も同類かも)


政治も宗教もその枠の中に入ってしまうと、大局的に物を見る力を失ってしまいます。
その囲まれた皮の中でぬるま湯にひたって安易な環境に馴らされているとその枠から出るに出られないのです。


動物は常に自己保存のために集団生活を好むものです。その集団より離れると生きることに自信を失うのです。これが動物の本能的な性質と思われます。
しかし集団が出来ると必ず指導力を持った指導者があらわれます。
その指導者は支配欲を満たす為に、いつの間にか自己欲の虜になってやがては支配者に変貌を遂げて行くのが通常社会なのです。


指導者とは、その集団をつくる人々の生活の安定を図り、社会に役立つ事業を計画したり、その集団の心の安らぎのための物の考え方や心の持ち方などを教えるものなのです。
集団に集う人たちを善導するのが本来の指導者でなければいけないのです。


それが何時しか支配者になって、その集団を利用した挙句搾取して私財を築こうとしたり、その集団を利用して本人の欲望を満たす為に悪用し、やがては崩壊に至らしめたのが過去の姿だったのです。
しかし、今後は一歩進んだ考えのもとに社会の基盤構成を考えるべきだと思います。


現在、世界の国民の大半の人々は高レベルの教育によって、知識人として社会を構成する知能を授かっているのです。ですから、指導者によって誤った支配をされること無く、本来の人間に与えられた自由意志力を正しい意味で生かして、新社会を構成しなければいけないのです。(静岡県知事・失言・辞任~元大学教授・・でもこんな程度?)


これからは、個人レベルや地方単位また国レベルで物を考えるのではなく、世界レベル地球レベルで物事を考えないと何事もすぐ行き詰ってしまうのです。


社会構成も大きく変革を遂げ、今では日本の国内においても多くの外国人が住むようになり、街を歩いても電車に乗っても国際色豊かな国となっております。


このように世の中は大きく変革してきているのです。私たち一人一人も心の変革なくしては、生きていけない時代となってきているのです。
政治においても地域誘導型の思考で国家予算の取り合いをしている時ではありません。それぞれの地方には必ずそれぞれの特色があるのです。その特色を生かさずして地方の活性化はあり得ないのです。もう土建業癒着型の政治は見直しを図るべきです。


政治も今後は未来産業や環境保全などに重点目標を置く時期と思います。人の住まない所に道をつけたり、水利の利用できないダムを造ったりせず、なるべく自然環境を破壊せずに地方の特色を上手に生かした地方活性化を図ることこそ、国の大切な施策かと思います。(続く)
統一教会に搾り取られた『被害者』は多い~殆ど日本人!!


【大国主之命のお伝え】・・蒔いた種しか生えてこない [自動口語]


(前より)私が神の身でありながら、「仏」の例えはおかしいのですが、因果応報とか、縁起とか、これは仏教から出てきている言葉です。


ご縁があって起きるのを縁起と申します。縁があって結ばれる。縁があって離婚する。ご縁があっていろいろな内容が出てくるのです。縁があって友達になる。すべて縁があって「事」が起きてくるのです。これが自然の法則なのです。蒔い種しか生えてこないのです。


現在、あなた方がいろんな事でご苦労されているとか、いろんな悩みごとを沢山もっていることなどは、あなたの前世か現世において、必ずその種を、あなた自身が蒔いているのです。
今、その実が実ってきているのです。あわててその実をむしり取って、隠そうとしてもどうにもならない事なのです。


あなたが蒔いた種は、あなたの実となって現れてくるのです。これを因果応報と申します。仏教は非常に教えの多い宗教です。


神は、ただ神の存在を皆さんが認めて神を信じれば、あなた方は救われるという最も明快で単純なお伝えなのです。
逆にいろいろな例え話が少ないので、今日は仏教の例え話をして理解をして頂こうと考えております。


ですからあなた方は常に自分の心や意思を強く持って、必ず良い思いを良い実を実らすために潜在意識にインプットされるようにしなければいけません。入ったものは必ず結果となって出てくるのです。出て来た結果が不味いと言ってあせってもいけませんし、慌てて風呂敷を被せて隠しても、防ぎきれるものではないのです。


種を蒔いたら結果が出てくる。これが自然の法則なのです。ですから皆さんはその種まきの時が一番大事なのです。


先ほどから面白そうな話をすると言って、このような話にそれたのではありません。


あなた方は、将来、お金を儲けるには儲かる種を蒔かなければ実は実ってこないのです。


自分の都合、自分の我欲ばかりを思っているのは悪い種を蒔いているのですから決して良い実はなりません。お金持ちになった方、またこれから金持ちになれる方は、過去世の徳・親の徳・自分の生まれてきてから今日までの徳・あらゆる徳積みが現世にそれだけの力を授かるのです。


私の強調しておきたいことは、自分の潜在意識の中に蒔いた種が、結局は形となって現れてくると言うことです。蒔かぬ種は絶対に芽は出しません。
それが俗に言う願望という文字になっておりますが、あなたが願わないこと、あなたが望まないことが向こうから勝手にやってくることはあり得ないのです。必ず願いによって事は達せられるのです。(続く)